種は芽が出る、芽は伸びる。そういう風にできている。

西郡学習道場
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道場心得

学習を自分事として捉え、学習と対峙して自分の学びを鍛錬する場が、学習道場です。
学習に対する心構えが「道場心得」です。

挫折したとき、迷ったとき、悩んだとき、自分を見失ったとき、「道場心得」に立ち返り、
心新たに、自分を信じて自分に正直になって学び続けます。

学びは、自分の成長を啓(ひら)きます。

\クリックすると西郡による解説をお読みいただけます/

学習は「自分はどうする」から始まります。わからない、できないから学びます。わかる、できるまでやりぬく意志が自分の学習を切り開きます。持って生まれた能力をやり抜く意志が伸ばします。学ぶ・やりぬく意志をもって困難に挑み、逆境、挫折、失敗を経験する。この経験から自分事として学び続けます。学習は生きる力になります。

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「わかった!」「できた!」突きぬけた、この快感、達成感が学習の喜びです。「褒められる」「ごほうびがもらえる」「叱られる」から、学ぶのではありません。自分自身から湧き出た、成長した、新たな自分を実感できるから、学びはおもしろいと思えます。学ぶ楽しさは、自分の成長のあかしです。今はできなくても、やり続けます。自分の限界を超えることが、次の挑戦への意欲になります。

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自分で考えるから、学びには感動があり、楽しさがあります。本当にそう思っているの、感じているの、考えているの、正直に自分に問います。自分の頭で考えるから、借り物、偽物、嘘には違和感を覚え、むなしくなります。自分自身と向き合い、自分の判断の基準軸をしっかり照らして、試行錯誤する。自分の頭で考えた、一つひとつの学びが自分独自の学習法を作っていきます。

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想像力は見えないものを思い描く力です。明日の時間割は何、何を用意する。課題は何、いつまでにやる。線分や図形が浮かび、補助線を描く。文章読解では登場人物の気持ちや情景を描く。作者の言いたいことは何。この人は何を言いたい。日常生活から学習まで見えないことを描くのが想像力です。想像力を働かせて、ものやことの真意や本質を見ぬく力を身につけていきます。

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いくら教えてもらった、習ったとしても、自分でやってみて、つかみ取って、はじめて自分の学習になります。やらされる学習は、どこか気持ちが逃げていて身につきません。学習を自分事として引き受け、自分でやるしかないと覚悟を決めたとき、自分の本当の学習が始まります。学び始めたら、即、対峙して集中することです。能率、効率のいい学習になります。

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ピアノ、習字、水泳、野球、サッカー、すぐにはうまくはできません。習って、まねて、何度も繰り返して自分のものにしていきます。継続は無駄な力を削ぎ、最適なフォームをつくります。正しい方法、フォームで継続すれば、必ず上達します。自分には向かない、は思い込みです。学習も同じです。学習の仕方が正しく、自分事として続けていけば、「伸びない子はいない」です。一週間前の自分より、確実に進歩、向上しています。

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「できません」「わかりません」とあきらめたら、成長は止まります。何か見落としていないか、常識や偏見や因習にとらわれていないか、あれこれ試して解決を見出し、編み出す過程が学習です。学習の本分は試行錯誤することです。自分で考え、思いつき、解決を見出したとき、学びに感動があります。この経験は、困難や逆境にあっても乗り越えることができる、何か方法はあるはずだという肯定感と意欲をうみます。

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できない、わからないから考えます、学びます。できない、わからない、は学習の始まりです。どうしたらできるか、わかるか。正面から向き合い、試行錯誤をする。ごまかし、できた振りをしたり、隠したりはしないことです。自分に正直になり、さらけ出し、自分の頭で考えることが学習を伸ばす秘訣です。わかった、できたときに、新たな、できない、わからないことが現れます。また、学習の始まりです。

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わからなければ質問する。その前に、これまで習ったことを駆使して、自分で考えることです。自分で考えること自体に価値があります。自力で何とか答えを見出そうとする意志と意欲が成長の糧になります。できない、わからないことに対峙して、自分の限界を乗り越えることが学習であり、学ぶ喜びです。次の学習への意欲になります。これ以上考えても発展しない、時間が無駄になると判断すれば、質問します。習ったら、まねて、練習して独力で再現します。

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「ちょっと待った」は非効率です。時間が経てば経つほど記憶が失せます。やる気も萎えて時間を無駄にします。「今やる、すぐやる」は学習や仕事のできる人が身につけている基本姿勢であり、効率のいい、賢い習慣です。その場で理解してしまう集中力、やらなければならないことを先々にやる行動力は、もって生まれた能力に関係がなく、意志と継続があれば、だれでもできます。習慣として身につきます。

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手を動かして考える。筆算をする。条件をたどり自分で図を描く。書いて覚える。自分の感覚を使って、書いて描いてイメージして考えることです。まねることはフォームを作ること。フォームの基礎ができて、はじめて自由な表現はできます。水泳、ピアノ、踊りなど習い事は、まねに徹して基本の型を自分のものにして、自分らしさが表現できます。何もないところから、自由な発想はうまれません。

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持って生まれた能力を最大限に引き出すのは集中力です。集中は心身を解放して、すべての神経がスイッチオン、即、反応する状態です。興味・関心、好奇心が強ければ強いほど集中が高まります。読み書き計算の学習の基礎力はタイムプレッシャーで、毎日、訓練することで集中力を高めます。どこか俯瞰した視野をもつことで刺激を受け、集中は深まります。集中して取り組んだとき、充実した学習になります。

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いい環境だけが学習を伸ばすわけではありません。困難、逆境など劣っていると思われる環境こそ、そこで何ができるかを考え、取り組むことで学習は鍛えられます。失敗や挫折の敗因を環境に求めても、成長はありません。どんな環境でも、集中して学習できるように適合することが大切です。逆境こそ集中力をより高め、自分を鍛えます。どんな環境も自分次第と前向きにとらえる方が成長します。

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わからなかった、できなかった、失敗した。この理由を探せば何かしら他者に見出すことはできます。他者のせいにして自分を正当化しても、むなしいだけです。言い訳、屁理屈は猜疑心が残り、自分を不安にします。言い訳、屁理屈を言うより、そこで何ができたか、どうすれればよかったかを考える方が生産的です。自分を成長させます。言い訳、屁理屈は自分のためにならない。自分に正直になることは、学習法の基本姿勢です。

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自分はどうするという当事者意識で取り組んだときに自分の学習は始まります。自分の行動に責任を持つということは、当事者意識も持った行動をするということです。何事も自分の責任で、自分がやる意識が、学習の質を高めます。子育ての最終的な目的は子の自立です。学習も生活も自分でやったことには自分で責任を持ちます。自立の第一歩です。

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自転車の乗り始めは補助輪をつけたり、押してもらったりしますが、自分で漕いでみて何度もこけて、挑戦を繰り返して、やっと漕ぐ感覚をつまみ、一人で乗れるようになります。補助はあっても最後は自分でやるしかないということです。人に頼らない、自分のことは自分でやる、生活の基本姿勢は学習の土台です。自立するために学びます。すべての学習は自立に向かいます。自立に向かわない生活や学習は働けない大人をつくります。

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間違えた、失敗した、思い通りにならない、続かない、向かない、合わないなど、原因を他者に求めれば、何かしら見出せます。窮地になればなるほど他者のせいにしたくなります。他者に原因があると指摘したところで、自分のためにはなりません。自分は何ができたか、どうすべきだったかと自分を見つめ、考えることで、逆境はいい経験の場になります。他者のせいにすることは、成長の糧を見逃すことになります。

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何を言いたいのか、本心なのか。たくさんの人に接して、直観を働かせ、観察、予測、判断して、読み違えの失敗を繰り返し、傷つき落ち込む、苦い経験を重ねて相手の真意が徐々に見えてきます。物語の登場人物の心情を想像する。論説や評論等では筆者の主張を考える。図形問題では補助線を見出す。芸術作品の鑑賞も本質を読み取る力を養います。相手の真意を読み取ることは、物事の本質を読み取ることです。

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伝えることが曖昧だったり、多すぎたりすると相手には伝わりません。伝えるためには、まずは内容の要約です。伝えたいことを言葉として伝え、相手に共有されて理解してくれているかを思い描くことは他者性です。「筋道だてて」は論理的に順序よくということです。相手に伝わる会話は言葉のキャッチボールです。言葉のキャッチボールは、コミュニケーション力を高め、思考力を深めます。

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ごまかしやできたふりは、時間と労力を無駄にします。ごまかしやできたふりが通用すると思うこと自体が幼さです。人は見ぬきます。ごまかしやできたふりで装い、見栄を張り、他者をだませても、自分自身はだませません。本当にできているのか、わかっているのか、考えているのか、感じているのか、自分の基準軸をもって自分に問うことです。判断するのは自分自身、自分に正直になることは道徳ではなく、最も有効な学習法です。

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あれこれ考え、迷い、悩んでも、判断を先送りにせず、間違えや失敗を恐れず、正解や成功に縛られず、自ら判断します。判断したことには、隠さずにさらけ出すことです。さらけ出す方が、振り返り、改善・改良の効率がよくなります。振り返り、改善・改良は向上心です。自分に正直なって、自分軸をもって判断することです。間違えを恐れず、自ら判断する。そして向上する、です。

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持って生まれた能力は人それぞれ違います、他者と比較して、他者の能力を羨望しても、自分の能力を嘆いても、何も生まれません。他者との比較は、学習の本質を見失います。比べるのは、昨日の自分です。自分ができたか、わかったかどうかです。他者との比較では、学習意欲はうまれません。他者と比べず、その子だけをみていれば、どの子も成長します。「伸びない子はいない」は、学習道場の信条です。

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時を忘れて無我夢中で遊ぶことは、エネルギーの源です。しかし、成長していくには時間管理ができることが大切です。時間の概念が芽生え、俯瞰して、時間割のように自分の行動を時系列で考えるようになります。計画、実行、検証は学習の基本サイクルです。自分で何をするか時間を決めて、実行する。経験を積み重ねて、時間管理を学んでいきます。効率の良い、有効な時間を使うには、切り替えでも重要です。

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野球やサッカーなど運動は瞬時の状況判断を養います。どこにパスを出すか、投げるかは想像力です。補助線を見出す能力に通じます。習字、水泳、卓球でも正しいフォームで練習を続ければ、だれでも上手くなります。訓練と継続を学びます。遊びも運動も習い事も無我夢中になって取り組み没頭すれば集中力は高まります。没頭する集中力は、自分の能力を最大限、発揮した状態にします。遊びも学習も「生き生きと」は、今、生きている感動です。躍動しています。

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集中している、没頭している姿勢が、いい姿勢です。緊張もなく、リラックスして、心身が解放され、対象に正面から向き合い、自分と対象が一体化した状態になったとき、いい姿勢になっています。他者から見て気持ちがいい、立派な姿勢は、見た目がいいというだけの姿勢です。集中、没頭しているときは、自分の全神経が生き生きとしているときです。嬉しく楽しくなります。いい姿勢は続けられます。

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挨拶は意思や考えの疎通を図るコミュケーションの手始めです。「おはよう」「ありがとう」など決まった文句も言い方、伝え方で一つで受けとられ方が違います。相手にどう伝わるかは他者性です。自分事に専念したいなら、相手に不快、不愉快を与えない挨拶をします。お互いを尊重し、自由を認め、時間を保障しましょうという意思表示が、いい挨拶です。仏頂面、不機嫌な挨拶は、無駄な神経を使わせます。自分を開放するために、いい挨拶を心がけます。

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言葉づかいは、生活水準を表します。乱暴な、粗野な言葉を使う環境にいて、その環境に染まっているということです。乱暴な、粗野な言葉は自分の心を荒らします。この環境からぬけ出すかどうかは自分次第、ぬけ出したいと本気で思ったら、言葉の使い方を学ぶことです。発した言葉が自分をよりよくするかどうか、自分の気持ちに正直になって感じることです。言葉はその人の人格をつくります。学びは環境を変えられます。

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おわったら片付けるというのは、次の準備のことです。整理整頓してよりよく空間にします。ゴミを拾うというのは、誰かがやってくれるのではなく、自分がやるという当事者意識です。生活にも学習にも、主体は自分だという心構えを持ち続けます。集中して学習できる空間を作るのは、自分自身です。

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おわったら片付けるというのは、次の準備のことです。整理整頓してよりよく空間にします。ゴミを拾うというのは、誰かがやってくれるのではなく、自分がやるという当事者意識です。生活にも学習にも、主体は自分だという心構えを持ち続けます。集中して学習できる空間を作るのは、自分自身です。

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